国土交通省の原状回復ガイドラインより
原状回復(いわゆる敷金問題)は、賃貸アパート等の敷金・原状回復に関して、国民生活センター等に寄せられた相談・苦情が毎年14000件あります。国土交通省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を示しているにも関わらず。まったく減る傾向はありません。
14000件の相談・苦情は、氷山の一角です。日本賃貸住宅協会の調べでは、敷金の7割以上を返してもらった人は30%しかいません。敷金の返還額に、概ね納得した人は6割しかいません。全国に1900万戸の賃貸住宅があり、平均居住期間の4年で除しますと、475万人が毎年賃貸住宅を退居しています。そのうち敷金返還に不満を持っている人は、100万人以上となります。
原状回復の判例のポイント
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」には42件の判例が紹介されています。そのすべてを紹介することはできませんが、関心のある方は、本文をお読みください。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf
判例のポイントは次の2つと示されています。
退去後に賃貸人が行った修繕の対象となった損耗が、貸借物の通常の使用により生ずる損耗を超えるものか否か、
損耗が通常の使用によって生ずる程度を超えない場合であっても、特約により賃借人が修繕義務・原状回復義務を負うか否か
この2点については、42件の判例を参考にされることで充分に理解をすることができます。
判例
事例-1 毀損・汚損等の損害賠償を定めた特約に は通常の使用によるものは含まないとされ た事例 裁判所 名古屋地方裁判所判決平 2.10.19 争点 畳、襖、障子、クロス及びじゅうたんの張替 え、ドアのペンキ塗替え 賃借人の負担判決 ドア等のペンキ塗替え費用相当額 (2 万円)のみを認めた 判決要旨 (1)温水器の取替え費用について、温水器はかなり長期の使用を予定して設置される設備であると認められる。 (2)修理特約について、賃貸人の修繕義務を免除することを定めたものであって、積極的に賃借人に修繕義務を課したと解するには、 更に特別の事情が存在することを要する。(3)建物の毀損、汚損等についての損害賠償義務を求めた特約は、その損害には賃借物の通常の使用によって生ずる損耗、汚損は含まれないと解すべきである。ドア等については、通常の使用によっては生じない程度に 汚損していたことが認められる壁クロスの汚損が結露によるものとしても、結露は一般に建物の構造により発生の基本的条件が与えられるものであるから、特別の事情が存しない限り結 露による汚損を賃借人の責に帰することはできない。
事例-2 通常の使用による汚損・損耗は、特約に いう原状回復義務の対象にはならないとさ れた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 6.7.1 争点 畳裏替え、襖張替え、じゅうたん取替、天 井・壁・巾木・額縁の塗装工事 賃借人の負担判決 敷金 24 万円 返還 24 万円(全額)。賃貸人の請求を棄却し た 判決要旨 (1)「原状回復」という文言は、賃借人の故意、過失による建物の毀損や通常でない使用方法による劣化等についてのみその回復を義務付けたとするのが相当である。 (2)賃借人は、居住して通常の用法に従って使用し、損壊等を行うことなく建物を、明け渡した。明け渡し後相当期間内に賃貸人や管理人から修繕を要する点などの指摘を受けたことはなかった。 (3)賃借人は、合意更新するごとに新賃料 1 か月分を更新料として支払ったが、 賃貸人は本件建物の内部を見て汚損箇所等の確認をしたり、賃借人との間でその費用負担について話し合うことはなかった。 (4)賃借人Xは本件建物を通常の使い方によって使用するとともに、善良な管理 者の注意義務をもって物件を管理し、明け渡したと認められるから、汚損、損耗は本件特約にいう原状回復義務の対象にはならない。
事例-3 原状回復の特約及び別記の「修繕負担項目」により、損耗の程度に応じた賃借人の 負担を認めた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 6.8.22 争点 畳裏替え、襖張替え、じゅうたん取替え、天 井・壁・巾木・額縁の塗装工事 賃借人の負担判決 カーペット敷替え、壁・天井クロス張替え(下 地調整・残材処理を含む)、畳表替え、照明器 具取替え、室内・外クリーニング控訴審(東京高等裁判所判決 成7・12・26、判決の詳細不明)は、賃借人Yの控訴を棄却した。 判決要旨 (1)カーペット敷替えは、それまで行う必要はなく、クリーニング(1万5000円)で十分で ある。 (2)クロス張替えは壁・天井ともやむをえない(26万8000円)が、下地調整及び残材処理は 賃借人に負担させる根拠はなく、認められない。 (3)畳表替えは、取替えではなく、裏返しで十分であった(2万1600円)。 (4)室内クリーニングは、700円/㎡として認められるべきである(5万4082円)が、室外クリーニングは契約の合意項目にないので賃借人に負担させるべきでない。 (5)以上から、賃借人Yは賃貸人Xに35万8682円を支払うよう命じた。 なお、賃借人Yが一審敗訴部分の取消しを求めて控訴した。控訴審(東京高等裁判所判決 成7・12・26、判決の詳細不明)は、賃借人Yの控訴を棄却した。
事例-4 通常の損耗に関する費用は、約定された 敷引金をもって当てると解するのが相当で あるとされた事例 裁判所 大阪簡易裁判所判決平 6.10.12 争点 壁・天井クロス及び畳・襖・障子張替え、床 工事、クリーニング 賃借人負担となる 賃借人の負担 (敷引金については賃借人が容認) 判決要旨 (1)賃貸人主張の損害項目のうち、天井クロスの照明器具取付け跡、畳の汚損については、 賃借人の通常の使用により自然に生ずる程度の汚れであったことが認められる。 (2)敷引の約定については、賃借人の通常の使用により賃借物に自然に生じる程度の汚損に関する費用は、一次的には敷引金をもって充てるとの約定を含んでいる。敷引金をもって充てるべきである。 (3)その他の損害については、汚損の箇所や範囲、修復に要した費用等についてこれを詳らかになしがたく、他にこれを是認するに足りる証拠はなく、賃貸人の主張は採用しが たいとして、賃借人の請求を全面的に認めた。
事例-5 賃貸借契約書に約定されていた畳表の取 替え費用のみが修繕費用として認められた 事例 裁判所 仙台簡易裁判所判決平 7.3.27 争点 壁紙(洋室、和室、台所) 賃借人の負担 (特約は認定) 判決要旨 (1)畳表取替え費用は賃借人の負担すべきものと認められる。 (2)壁の汚損は、湿気、日照、通風の有無、年月の経過によるものと認められ、壁の張替えの費用は賃貸人の負担に属する。 (3)管理受託者の請求のうち、畳表替えの費用のみ認め、その余は棄却した。
事例-6 まっさらに近い状態に回復する義務あり とするには、客観的理由が必要であり、特 に賃借人が義務負担の意思表示をしたこと が必要とされた事例 裁判所 伏見簡易裁判所判決平 7.7.18 争点 畳取替え、壁・天井クロス張替え、クッショ ンフロア・襖張替え、清掃 賃借人の負担判決 賃借人X支払済の敷金全額の返還を命じた。 判決要旨 (1)建物の賃貸借においても、賃貸物件の賃貸中の自然の劣化・損耗はその賃料によってカバーされるべきであり、賃借人が、明け渡しに際して「まっさらに近い状態」に回復すべき義務を負うとすることは伝統的な賃貸借からは導かれず、義務ありとするためには、その必要があり、客観的理由の存在が必要で、特に賃借人がこの義務について認識し、義務負担の意思表示をしたことが必要である。 (2)契約締結の際に当該義務の説明がなされた証拠はなく、重要事項説明書等によれば、賃借人の故意過失による損傷を復元する規定であると認められる。
事例-7 原状回復の特約条項は、故意過失又は通 常でない使用による損害の回復を規定したものと解すべきとした事例 裁判所 東京簡易裁判所判決平 7.8.8 争点 じゅうたんへの飲みこぼし、冷蔵庫排気跡、 家具跡、畳の擦れ跡、網戸の穴、額縁ペンキ 剥がれ 賃借人の負担 (襖張替費用については賃借人が支払を容認)賃借人Xの請求を全面的に認めた。 判決要旨 (1)建物賃借当時の状態に回復すべき義務はない。賃貸人は、賃借人が通常の状態で使用した場合に時間の経過に伴って生じる自然損耗等は賃料として回収しているから、原状回復条項は、賃借人の故 意・過失、通常でない使用をしたために発生した場合の損害の回復について規定したも のと解すべきである。 (2)部屋の枠回り額縁のペンキ剥がれ、壁についた冷蔵庫の排気跡や家具の跡、畳の擦れた 跡、網戸の小さい穴については、10年近い賃借期間から自然損耗であり、飲み物をじゅうたんにこぼした跡、部屋の家具の跡等については、賃借人が故意、過失または通常でない使用をしたための毀損とは認められない。 同様の事例 ①平成8年3月19日東京簡易裁判所判決 ②平成9年2月18日川口簡易裁判所判決 ③平成9年6月10日京都地方裁判所判決 ④平成9年7月2日神奈川簡易裁判所判決 ⑤平成15年4月4日福知山簡易裁判所判決(少額訴訟)
事例-8 修理・取替特約は、賃貸人の義務を免除することを定めたものと解され自然汚損等 について賃借人が原状に復する義務を負っていたとは認められないとされた事例 裁判所 京都地方裁判所判決平 7.10.5】 争点 襖、床及び壁・天井クロスの張替え、畳表替 え・裏返し、塗装工事、パイプ棚・流し・ガ ス台取替え、雑工事、洗い工事 賃借人の負担判決 〔敷金 30 万円 返還 29 万 7641 円〕 判決要旨 第一審(京都簡易裁判所判決)は 、 (1)賃料の他多額の更新料、礼金、敷金の支払われている事実等に鑑みれば、借主の負担する修理義務の範囲は、借主の故意又は重大な過失に基づく汚損等の修理を意味する。 (2)本件契約は、新しく改築した建物につき締結されたが、契約開始時の状況を復元維持する義務まで課したものではない。 (3)修理を必要とする汚損部分は、いずれも通常の使用によるものばかりであり、賃借人の負担部分はない。 (4)以上から、賃貸人Xは賃借人Yに対して敷金30万円から未払水道料金2359円を控除した 29万7641円の返還義務があるとした。 賃貸人が控訴した。第二審(京都地方裁判所判決)は 、 (1)修理・取替え特約の趣旨は、賃貸借契約継続中における賃貸人の修繕義務を免除することを定めたものと解される。 (2)契約は、賃貸目的物の通常の使用利益に伴う自然の損耗や汚損について、 賃借人が積極的にその修繕等の義務を負担し、自然の損耗等についての改修の費用を負担して賃貸当初の原状に復する義務を負って いたとは認められない。 (3)原判決は相当であるとして、本件控訴を棄却した。
事例-9 賃借人の手入れにも問題があったとして カビの汚れについて、賃借人にも 2 割程度 の負担をすべきとした事例 裁判所 横浜地方裁判所判決平 8.3.25 争点 畳裏返し、カーペット染みによる取替え、壁・ 天井のカビ・染みによる取替え、網入りガラ スの破損による取替え、トイレタオル掛け破 損による取替え 賃借人の負担 カーペット、壁・天井のカビの汚れによる修繕費(2 割程度) 判決要旨 一審・保土ヶ谷簡易裁判所 (1)畳は、入居者が替わらなければ取り替える必要がない程度の状態であったから、損耗は通常の使用によって生ずる損害と解すべきである。 (2)洋間カーペット、洋間の壁・天井等は、カビによる染みがあったために取り替えたもの であるが、本件建物が新築であったために壁等に多量の水分が含有されていたことは経 験則上認められ、居住者がことさらにカビを多発せしめるということは到底考えられないし、そのような原因を作出したとは認められない。 (3)網入りガラスは、熱膨張により破損しやすく、賃借人が破損に何らかの寄与をしたとは認められない。 (4)トイレのタオル掛けの破損も、石膏ボードに取り付けられた場合、その材質上、取り易いことは経験則上明らかである。横浜地方裁判所控訴 (1)洋間カーペット、洋間の壁、洗面所、トイレ及び玄関の天井及び壁に発生したカビについて、相当の程度・範囲に及んでいたこと、建物の修繕工事をした業者が同一建物 内の他の建物を修繕したが、そこには本件建物のような程度のカビは発生していなかったことから、本件建物が新築でカビが発生しやすい状態であったことを考慮しても、賃借人の管理、すなわちカビが発生した後の手入れにも問題があったといわざるを得ない。 (2)カビの汚れについては、賃借人Xにも2割程度責任があり、「故意、過失により建物を損 傷した有責当事者が損害賠償義務を負う」旨の契約条項により、賃借人は本件カーペ ット等の修繕費15万5200円のうち、3万円を負担すべきである。 (3)以上から、原判決(保土ヶ谷簡易裁判所)を変更し、賃借人が請求できるのは、敷金 21万4000円から3万円を差し引いた18万4000円とした。
事例-10 原状回復義務ありとするためには義務負担の合理性、必然性が必要であり、更に賃 借人がそのことを認識し又は義務負担の意思表示をしたことが必要とした事例 裁判所 伏見簡易裁判所判決平 9.2.25 争点 畳凹み傷による表替え、壁・天井クロス家具 跡・照明焼け等の汚れによる張替え、クッシ ョンフロア変色焦げ跡等による張替え、襖張 替え、清掃 賃借人の負担 クロス冷蔵庫排熱による黒い帯、クッション フロア煙草の焦げ跡、畳家具を倒した凹み傷 判決要旨 (1)賃借人の責めに帰すべき事由によるものは、冷蔵庫背面の排熱を考慮しなかったことによる壁面の黒い帯、過失による床のタバコの焦げ跡、退去の際、賃借人側の者が家具を倒したことによる畳の凹み、以上3点 の補修費用14万9860円である。 (2)退去にあたって、内装等を賃貸開始時の状態にする義務ありとするためには、原状回復費用という形で実質的賃料を追徴しなければならない合理性、必然性が必要。さらに賃借人が義務負担の意思表示をしたことが必要である。 (3)契約締結にあたり、原状回復義務の規定及びかかる義務負担の合理性、必然性につ いての説明があったとは認められない。 (4)賃借人の敷金返還請求のうち、賃借人の責めに帰すべき損傷の補修費用 を控除した6万6140円の支払を認め、反訴請求を棄却した。
事例-11 賃借人に対して和室 1 室のクロス張替費用及び不十分であった清掃費用の支払を命じた事例 裁判所 春日井簡易裁判所判決平 9.6.5 争点 畳表替え、クロス張替え(部屋全体)、清掃費 賃借人の負担 畳表替え、クロス張替え(和室1室全体)、清掃費(補修費用の一部は賃借人が支払を容認) 判決要旨 (1)和室Bのクロスについては、賃借人の行為により毀損したものは全体の一部分である からといって、その部分のみを修復したのでは、部屋全体が木に竹を継いだような結果 となり、結局部屋全体のクロスを張替え修復せざるをえないことになるが、賃借人の責によるものであるといわざるを得ない。 (2)和室Bの畳、和室A及び洗面所のクロスについては、通常の使用にともなって発生する自然的損耗をはるかに超える事実を認めるに足りる証拠はなく、和室Aの畳表替え、和室B等のクロスの張替えをする必要があるからといって、 それとのバランスから和室Bの畳表替えや和室A及び洗面台のクロスについてそれをも賃借人に修繕義務を負わせるのは不当である。 (3)賃貸人が清掃費用を支払うこととなったのは、賃借人の退去時の清掃の不十分さに 起因するものである。 (4)賃借人は修繕費用21万2940円及び清掃費用2万円の合計 23万2940円の支払義務があり、したがって、賃借人Xは賃貸人Yに差し入れている敷金 及び日割計算による前払賃料の返還金の合計額19万3225円と対等額で相殺しても、なお 3万9715円を支払う義務があるとした。 賃借人の負担を敷金相当額とする和解が成立した。
事例-12 更新時に追加された原状回復の特約は賃 借人が自由な意思で承諾したとは認められ ないとされた事例 裁判所 東京簡易裁判所判決平 11.3.15】 争点 畳、襖、クロス、カーペット張替え、室内清 掃費用 賃借人の負担 畳表 1 枚表替え、冷蔵庫下サビ跡補修(畳 1 枚の表替費用は賃借人が支払を容認) 判決要旨 (1)原状回復義務は、通常の使用によって生じる貸 室の損耗、汚損等を超えるものについて生じ、賃借人の故意、過失による建物の毀損や、 通常でない使用による毀損や劣化等についてのみ、その回復を義務付けたものである。 (2)契約締結の際の事情等の諸般の事情を総合して、 特約に疑問の余地のないときは、賃借人はその義務を負担することになるが、①本件特約は、平成7年までの契約にはなく、特約が加えられたことについても特に説明 がなされていない、②賃借人は、一部を除いて通常の用法に従って本件建物を使用し ており、台所の天井のクロスの剥がれは雨漏りによるもので、クロスの一部汚損の痕跡 は入居当初からあり、襖は当初から新品ではない、③更新の際、賃借人は更新 料を支払っている、④賃貸人主張のように当初の賃貸借契約以降も本件特約の効力が及ぶものとすれば、賃借人は予期しない負担を被る結果になる、⑤本件特約は、賃借人はその特約の趣旨を理解し、自由な意思で 承諾したものとはみられない。 (3)本件建物のクロス、カーペット、畳、襖、トイレ等の損耗、汚損等については、畳表1 枚の一部焦げ跡と冷蔵庫の下のさび跡を除いて、故意、過失や通常でない使用により、毀損、劣化等を生じさせたとは認められない。 (4)賃借人は負担すべき費用として、畳表1枚の費用6300円、冷蔵庫下のクッションフロア費用3675円の合計9975円のみを認めた。
事例-13 特約条項に規定のないクリーニング費用等の賃借人による負担が認められなかった 事例 裁判所 仙台簡易裁判所判決平 12.3.2 争点 畳修理、襖張替え、フロア張替え、室内クリ ーニング 賃借人の負担 (畳修理代及び襖張替代については、特約に規定あり、賃借人も支払を容認) 判決要旨 (1)本件契約の賃借人の費用負担特約条項には、フロアの張替え及びクリーニングの費用負担の規定はない。 (2)賃貸物件の通常の使用による損耗、汚損を賃借人の負担とすることは、 法律上、社会通念上当然発生する義務とは趣を異にする新たな義務を負担させる。これを負担させるためには、賃借人が義務を認識し義務の負担の意思表示をしたことが必要である。 (3)貸室において、賃借人Yが、その居住期間中に通常の使用方法によらず生じさせた 損耗、汚損があったと認めるに足りる証拠はない。フロア の張替え及び室内クリーニング費用の支払義務はない。 (4)賃借人Yの主張を全面的に認めた
事例-14 通常損耗を賃借人負担とする特約が否定 された事例 裁判所 大阪高等裁判所判決平 12.8.22】 争点 壁・天井クロス及び障子張替え、畳表替え、 洗面化粧台取替え、玄関鍵交換、雑工事、美 装洗い 賃借人の負担 原審へ差戻 判決要旨 (1)建物賃貸借において特約がない場合、賃借人は、①賃借人が付加した造作を取り除き、 ②通常の使用の限度を超える方法により賃貸物の価値を減耗させたときの復旧費用を負担する義務がある。 ①賃貸期間中の経年劣化、日焼け等による減価分や、②通常使用による賃貸物の減価は、賃貸借本来の対価というべ きであって、賃借人の負担とすることはできない。 (2)上記の原則を排除し通常損耗も賃借人の負担とするときには、契約条項に明確に定めて、賃借人の承諾を得て契約すべきである。本件賃貸借契約書21条の「契約時の原状に復旧させ」との文言は、契約終了時の賃借一般的な原状回復義務を規定したものとしか読むことはできない。 (4)以上から、原判決の判断は契約の解釈を誤ったものであって、破棄を免れない、そして、 賃貸人の支出した費用が通常損耗を超えるものに対するものであったかどうかについ て審理する必要があるとして、本件を原裁判所に差し戻した。
事例-15 通常損耗を含めた原状回復義務の特約が有効とされた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 12.12.18 争点 畳表取替、襖・クロス張替え、ハウスクリ ーニング 賃借人の負担 同上(賃貸人請求のとおり) 判決要旨 (1)特約条項による負担額を具体的に算出することは契約時には困難である。 (2)私法上、私的自治の原則が重要な私法原理であって 自己の意思に基づいて契約を締結した以上は、その責任において、契約上の法律関係に 拘束されるのが大前提である。 (3)契約内容を限定するには、当事者の意思自体が当該条項に限定的な意味を与えたに過ぎ ないと認められる場合、契約条項の文言から限定解釈が可能である場合、当該契約関係 が私的自治の原則を覆滅させてでも修正されなければならないほど不合理・不平等な結 果をもたらすものであり、強行法規や公序良俗違反という一般条項の適用が可能な場合でなければならない。 (5)特約条項が公序良俗に反するとは認めがたく、特約条項が自然損耗分を含まないと 解釈するのは困難であり、本件特約条項は拘束力を持つといわざるを得ない。 (6)賃借人の控訴は理由がないとして棄却し、賃貸人の付帯控訴に基づき原判決の賃貸人の敗訴部分を取り消した。
事例-16 敷引きの特約は有効とされたが修繕費用 は通常の使用による自然損耗部分を除く7 万円に減額された事例 裁判所 神戸地方裁判所判決平 14.6.14 争点 畳表替え、襖・クロス張替え、郵便ポスト取 替え、ハウスクリーニング、敷居修理、浴室 コーキング、床張替え 賃借人の負担 畳 1 畳・襖 1 枚・床及び壁クロスの補修、郵 便ポスト取替え、トイレ・換気扇・風呂・洗 面台の清掃 判決要旨 (1)敷引約定の有効性について ① 一般に、建物賃貸借において、敷金ないし保証金の一部を敷引金として、その使途及び性質を明示することなく賃貸人が取得する旨を定めた敷引約定はしばしば みられる。 ② 敷引約定は、一般的には、賃貸借契約成立の謝礼、賃料の実質的な先払、契約更新時の更新料、建物の自然損耗による修繕に必要な費用、新規賃借人の募集に要する費用や新規賃借人入居までの空室損料等さまざまな性質を有するものにつき、一定額の金員を賃貸人に帰属させることをあらかじめ合意したものと解され る。 ③ 敷引約定は合理性を有するものと認められるから、高額であって暴利行為に当たるなどの特段の事由がない限り、その合意は有効である。 ④ 敷引も、建物の自然損耗による修繕に必要な費用に充てられるものとして、あらかじめ一定額の金員を賃貸人に帰属させることを合意したものと認められ、これを無効とすべき事由があると は認められない。 敷引約定は有効な約定と解される。(2)本件敷金から控除すべき修繕費用について ① 一般に賃借人は、通常の使用収益に伴って生ずべき自然損耗は別として、その程度を超えて賃借人の保管義務違反等の責に帰すべき事由によって賃借物を毀損等した場合は、賃借物の返還に際し、これを修復して賃借当初の原状に復すべき義務を負っている。 ② 賃借人が、修理義務のある毀損等の箇所を未修理のまま放置して顧みないときは、賃貸人は、賃借人に対し、その不履行によって生じた損害賠償として修繕費用の支払を求めることができるし、これを敷金から控除してその弁済に充てる ことができる。 ③ 賃借人が負担すべき修繕費用として敷金から控除できるのは、郵便ポストの取替え費用並びに襖・壁・床の張替え、畳表替え及び清掃費用の一部の合計7万2345円と認定される。 ④ 賃貸人は賃借人に対し、敷金70万円から敷引金28万円、既に返還済みの敷金15万7007円及び修繕費用7万2345円を控除した19万648円の返還義務を負うとし た。
事例-17 経過年数を考慮し賃借人の負担すべき原 状回復費用が示された事例 裁判所 東京簡易裁判所判決平 14.7.9 争点 壁ボード穴修理、クロス・クッションフロア 張替え、換気扇取替え、清掃 賃借人の負担 壁ボード穴修理、壁クロス張替え・換気扇取替え(経過年数を考慮)、清掃 判決要旨 (1)壁ボードの穴については、賃借人Xの過失によるものであることに争いがないので、修理費用全額1万5000円を負担すべきである。 (2)壁ボード穴に起因する周辺の壁クロスの損傷については、少なくとも最小単位の張替えは必要であり、これも賃借人が負担すべきである。なお、その負担すべき範囲は約5 ㎡であり、本件壁クロスは入居の直前に張替えられ、退去時には2年余り経過していた から残存価値は約60%である。賃借人が負担すべき額は、㎡単位1700円に5 を乗じた金額の60%である5100円となる。 (3)台所換気扇の焼け焦げ等は、賃借人の不相当な使用による劣化と認められる。 なお、換気扇が設置後約12年経過している、その残存価値は新規交換価格の10%と評価される。よって賃借人は換気扇取替え費用2万5000円の10%の2500円を負担すべき。 (4)証拠によれば、賃借人Xの明け渡し時に、通常賃借人に期待される程度の清掃が行われ ていたとは認められず、賃貸人が業者に清掃を依頼したことはやむを得ないものと認 められる。そして、清掃業者は居室全体について一括して受注する実情に照らせば、賃借人は、その全額3万5000円について費用負担の義務がある。 (5)以上から、賃借人Xが請求できるのは、返還されるべき敷金及び日割戻し賃料から6万 480円(上記の合計及び消費税額)を差引いた9万3294円とした。
事例-18 ペット飼育に起因するクリーニング費用 を賃借人負担とする特約が有効とされた事 例 裁判所 東京簡易裁判所判決平 14.9.27 争点 クロス・クッションフロア張替え、玄関ドア 交換、ハウスクリーニング 賃借人の負担 クッションフロア部分補修、ハウスクリーニ ング 判決要旨 (1)賃借人が負担する「原状回復」の合意とは、賃借人の故意、過失による建物の毀損や通常の使用を超える使用方法による損耗等について、その回復を約定したものである。賃借人の居住、使用によって通常生ずる損耗についてまで、回復することを求めるものではないとするのが相当である。(2)修繕義務に関する民法の原則は任意規定であるから、これと異なる当事者間の合意も、借地借家法の趣旨等に照らして賃借人に不利益な内容でない限り、許されるものと解される。(3)本件特約のうち、①室内リフォームのような大規模な修繕費用を何の規定もなく賃借人の負担とする合意は、借地借家法の趣旨等に照らしても無効。②壁・付属部品等の汚損・破損の修理、クリーニング、取替えについては、同趣旨の原状回復の定めに過ぎないと解される。③ペットを飼育した場合には、臭いの付着や毛の残存、衛生の問題等があるので、その消毒の費用について賃借人負担とすることは合理的であり、有効な特約と解される。(4)以上を前提とすると、①クロスについては、賃借人Xの故意・過失によって破損等の損害を生じさせた事実は認められず、ペット飼育による消毒のためであれば、張替えるまでの必要性は認められない。②クッションフロアには、賃借人がつけたタバコの焦げ跡があり、その部分の補修費用3800円及び残材処理費3000円は賃借人の負担とする。③クリーニングについては、実質的にペット消毒を代替するものと思われ、賃借人負担とする特約は有効と認められるので、その費用全額5万円は賃借人Xの 負担とするのが相当である。 (5)以上から、賃借人Xの負担すべき費用は、合計5万9640円とした。
事例-19 「50%償却」と「賃借人の負担義務を定 めた特約」の規定のあった事例 裁判所 名古屋簡易裁判所判決平 14.12.17 争点 リフォーム工事費用、室内清掃費 賃借人の負担 キッチン上棚取手取付費、排水エルボー費、 室内清掃費 判決要旨 (1)賃貸借契約においては、賃借人の使用、収益に伴う賃貸目的物の自然の損耗や破損の負担は、本来賃貸人の負担に属するものである。しかし、賃貸人の義務を免れ、あるいは、 これを賃借人側の負担とすることは、私的自治の原則から可能である。 特約のない場合の原状回復の限度としては、賃借人が付加した造作の収去、賃借人が 通常の使用の限度を超える方法により賃借物の価値を減耗させたときの復旧費用につ いては、賃借人が負担する必要があるが、賃借期間中の年月の経過による減価分、賃貸借契約で予定している通常の利用による価値の低下分は、賃貸借の本来の対価というべ きものであって、その減価を賃借人に負担させることはできないものと考えられる。 (2)入居中の日常使用にあたっ て、修理を必要とする場合の費用の負担者を賃借人と規定し、この基準を退去時にも引用してその義務の内容としているものであると解される。入居中に賃借人 が修理をする必要のないような項目について、退去するにあたって突然賃借人に修理の 義務が発生するという内容であるとまではいえない。「その他の故意、過失 による汚損、破損、若しくは滅失の箇所の補修」等を賃借人の原状回復義務のある範囲として定め敷金の償却費として50%の差引きがあることも併せ考えると、契約終了時の賃借人の一般的な原状回復義務を規定したものであり、賃借人の負担義務を定めた特約と考えることはできない。 (3)賃貸人としては、賃借人の退去に際し、通常の使用による減耗、汚損等も賃借人の負担 で改修したいのであれば、契約条項で明確に特約を定めて、賃借人の同意を得た上で契 約すべきものであるが、通常の使用による減耗、汚損等の原状回復費用も別途負担する ことについての明確な合意の存在も認められない。 (4)賃借人が負担すべき貸室の原状回復費用は、①キッチン上棚取手取付け費用1000 円、②排水エルボー費3000円、③室内清掃費3万5000円と消費税の合計4万950円である 。 (5)敷金23万5000円から賃借人が賃貸人に支払うべき原状回復費用4万950円を差引いた19万4050円の支払を求める限度で理由があるとした。
事例-20 過失による損傷修理費用のうち経年劣化 を除いた部分が賃借人の負担すべき費用と された事例 裁判所 東大阪簡易裁判所判決平 15.1.14 争点 畳クロス・カーペット張替え 賃借人の負担 壁クロス部分補修(経過年数を考慮し賃借人が算定) 判決要旨 (1)賃借人の自認する過失(子供の落書き)による損害及び争いのない延滞賃料等を除く と、賃貸人が原状回復費用として請求する金額は、経年変化及び通常使用によって生ずる減価の範囲のものと認められる。 (2)賃貸人の請求は理由がなく、賃借人の請求を全面的に認めた。
事例-21 賃貸人は、敷金の精算は管理会社に一任されると主張したが、敷金から控除される べき費用はないとされた事例 裁判所 神戸簡易裁判所判決平 15.4.10 争点 詳細不明 賃借人の負担 ー 判決要旨 (1)賃貸人は、平成11年7月までの賃料を受領したのみで、同年8月1日以降の賃料・公益 費の支払を受けていないことが認められる。平成11年8月27日までの日割賃料・共益費7万5774円を控除することができる。 (2)賃借人に対する、本件敷金24万6000円から日割賃料・共益費7万5774円を 控除した17万226円の返還を認めた。
事例-22 設備使用料等の合意が、公序良俗に反し 無効とされた事例 裁判所 大津地方裁判所判決平 16.2.24 争点 畳表替え、クロス・クッションフロア・襖の 張替え、巾木張替え、清掃消毒、雑工事費、 水道料 賃借人の負担 水道料 判決要旨 (1)修繕費負担特約について、民法及び借地借家法に抵触しない限りである①特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること②賃借人が特約によって通常の原状 回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること、③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていることが必要である。(2)設備使用料の徴収は、公庫法が権利金・礼金及び更新料といった金員の徴収を禁止しており、設備使用料等の支払の合意が公庫法 35 条、同法施行規則 10 条で禁止さ れている賃借人の不当な負担に該当する。同法に違反した契約の効力が直公序良俗規定や信義則に照らして社会的に容認しがたいものである限り、著しく高額な使用料を徴 収していることから、その合意の全体が公序良俗に反し無効である。 (3)以上から、賃借人の敷金返還及び設備使用料等の不当利得請求を認めた。
事例-23 本件敷引特約は消費者契約法10条によ り無効であり、また、賃借人は見えるとこ ろの結露は拭いており、カビの発生に賃借人の過失はないとされた事例 裁判所 枚方簡易裁判所判決平 17.10.14】 争点 カビの発生責任の所在 賃借人の負担 なし 判決要旨 (1)敷引特約は、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定であり、消費者の義務を加重するものである。また、本件敷引特約は賃貸人の有利な地位に基づき、一方的に 賃借人に不利な特約として締結されたものであり、民法1条2項に規定する基本原則に反し ており、消費者の利益を一方的に害するものであることは明らかである。本件敷引特約は消費者契約法10条の要件を充たしており、無効である。 (2)本件建物のカビは、結露が主たる原因である。本件建物の設備を検討すると、本件建物の 結露の発生は建物の構造上の問題と認められる。 (3)結露の発生が建物の構造上の問題と認められた場合、結露の発生に気付いていた賃借人にカビが発生するについて過失があったかについては、目に見えるところにはカビが残っていないため、賃借人は、結露に気付いたときにはその都度拭いていたと認 められる。カビ の発生につき賃借人に過失があったとは認められない。 (4)カビの発生は建物の構造上の問題であり、健康上、 財産上の深刻な問題であり、賃貸人は最善の方法を尽くすべきである。賃貸人は、賃借人が快適な生活を送れるように建物を維持すべき義務があると考えられるので、賃貸人の債務不履行と解すべきである。 (5)賃借人Xが負担すべき費用はないとして、賃貸人Yに対して敷金の返還を命じ た。
事例-24 通常損耗に関する補修費用を賃借人が負担する旨の特約が成立していないとされた 事例 裁判所 最高裁判所判決第 2 小法廷平 17.12.16 争点 通常の使用に伴う損耗についての補修費用 賃借人の負担 ―(高裁へ差戻し) 判決要旨 (1)建物の賃貸借においては、物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、減価償却費や修繕 費等の必要経費分を賃料の中に含ませている。 (2)賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約の条項自体に具体的に明記されて いるか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(通常損耗補修特約)が明確に合意されていることが必要である。 (3)本契約書おいて、通常損耗補修特約の内容が具体的に 明記されているということはできない。本件負担区分表についても、文言自体から、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はない。 (4)賃借人は、通常損耗補修特約を認識し、これを 合意の内容としたものということはできないから、通常損耗補修特約の合意が成立していないというべきである。
事例-25 本件敷引特約は、消費者契約法 10 条によ り無効であるとされた事例 裁判所 伏見簡易裁判所判決平 7.7.18 争点 畳取替え、壁・天井クロス張替え、クッショ ンフロア・襖張替え、清掃 賃借人の負担 判決要旨 (1)法人である賃貸人は消費者契約法における「事業者」である。賃借人は事業としてまたは事業のために契約したものでないことは明らかであり、消費者契約法上の「消費者」である。不動産仲介業者を通じて賃貸借契約が締結されても変わりはなく、本件賃貸借契約には消費者契約法が適用され る。 (2)本件敷引特約は、敷引金は敷金の約62.5%、毎月の賃料の約3.7倍であること、賃貸借契約 期間の長短や契約終了事由にかかわらず、また、損害の有無にかかわらず無条件で当然に 差し引かれるものであり、賃借人Xに一方的で不当に不利な内容である。したがって、本件敷引特約は、消費者契約法10条に該当し無効である。 (3)洗面台については、賃借人が入居した時点で既にある程度の経年期間があったと考えら れ、線状の傷は認められるものの、その深さや長さは明確ではなく、賃借人が故意又は 過失により洗面台に傷をつけたとまでは言えない。 (4)以上から、敷金80万円のうち、賃貸人が立替払をしていた水道料金5169円を控除した金 79万4831円の返還を賃貸人に対して命じた。
事例-26 カビの発生は賃借人の手入れに問題があ った結果であるが、経過年数を考慮すると クロスの貼替えに賃借人が負担すべき費用 はない、との判断を示した事例 裁判所 川口簡易裁判所判決平 19.5.29】 争点 天井・襖・壁クロスの張替え、クロス下地の 取替え、窓枠・サッシビートの取替え、畳の 取替え、コンセント・照明・カーテンレール・ タバコのヤニによる変色した扉の交換、玄関 扉・浴室換気扇のサビによる交換 賃借人の負担 天井の張替え、クロス下地の取替え、窓枠・ サッシビートの取替え、玄関扉のサビによる 交換(各 20%を負担) 判決要旨 (1)賃借人は、建物を18年以上もの間賃借していた間、一度も内装の 修理、交換は行われておらず、和室畳が汚損・破損しており、襖や扉にタバコのヤニが付 着して黄色く変色していても、時間の経過に伴って生じた自然の損耗・汚損というべきで ある。 (2)各部屋のカビは、賃借人Xの部屋の管理及びカビが発生した後の手入れに問題があった結果でもある。しかし、経過年数を考慮すると、クロスに関しては、賃借人の負担すべき 原状回復費はないとするのが相当である。 (3)天井塗装及び玄関扉のサビ、クロス下地のボード等に関しては、費用の 20%を残存価値として賃借人の負担すべき額とするのが相当である。 (4)和室の窓のカビ防止シールを剥がすために要した費用の負担(1050 円)は賃借人も認めている。 (5)更新料支払の合意は消費者契約法10条に反して無効であるとはいえない。 (6)敷金から2万6670円を控除した11万1330円の支払を賃貸人に対して命じた。
事例-27 通常損耗を賃借人の負担とし、解約手数料を賃借人の負担とする特約が消費者契約法により無効とされた事例 裁判所 京都地方裁判所判決平 19.6.1 争点 トイレ・キッチン・エアコン等の清掃費用 賃借人の負担 判決要旨 (1)解約手数料特約について、契約の終了により本件物件が空室となることによる損失を填補する趣旨の金員を解して中途解約に伴う違約金条項と解釈して、本件契約が解約申入れから45日間継続するとされていることを指摘し、本件中途解約による損害が賃貸人に 生じるとは認められず、消費者契約法9条1号により無効であるとした。 (2)原状回復特約については、本件契約が平成14年6月1日に更新されていることから、消費者 契約法の適用があることを指摘し、通常の使用による損耗に対する原状回復費用を賃借人の負担とする部分は、消費者契約法10条により無効であるとした。 (3)トイレ・エアコン・キッチン等の清掃費用については、賃借人には通常の使用による損耗を原状回復する義務はないとした。
事例-28 敷引特約が、消費者契約法に反し無効と された事例 裁判所 奈良地方裁判所判決平 19.11.9 争点 脱衣所・トイレ床の腐りによる張替え、トイ レの壁の落書きによる張替え、床クッション フロア・壁クロス・天井クロスの張替え、玄 関の用心鎖・流し台・レンジフードカバーの 交換、ガラスの割れによる交換 賃借人の負担 脱衣所床の腐敗は 1/4、トイレ・脱衣所壁の 腐敗は 1/2 張替え、クッションフロア・タバ コのヤニによる壁 1/2 張替え、玄関の用心 鎖・レンジフードカバーの交換 判決要旨 (1)敷引特約について、賃貸借契約においては、賃借人に債務不履行があるような場合を除き、 奈良県を含む 関西地方において敷引特約が事実たる慣習として成立していることを認めるに足りる証拠もなく、民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の 権利を制限するものというべきである。自然損耗についての必要費を賃料により賃借人から回収しながら、さらに敷引特約によりこれを回収することは、賃借人に二重の負担を課すことになり、同特約が敷金の50%を控除するもので、賃借人に大きな負担を強いるもので、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるとして消費者契約法10条に違反し無効であるとした。 (2)賃貸人の損害賠償請求については、賃借人Xの通常の使用を超える使用部分について、 経過年数を考慮した範囲で敷金から13万735円(消費税別)を差引くことを認めた。 (3)賃借人Xは敷金の一部が認容され、賃貸人の反訴請求は棄却された。
事例-29 保証金解約引特約が消費者契約法10条 により無効とされた事例 裁判所 京都簡易裁判所判決平 20.8.27 争点 玄関ドアのポストのキズによる取替え、台 所・トイレ床の張替え、和室の襖・障子・畳・ 網戸の張替え、襖の桟の交換、リビングじゅ うたん・洋間じゅうたんの張替え、天井照明 器具の直付跡補修、エアコン撤去費、ベラン ダのサビ、風呂場の湯垢・台所の油汚れの清 掃 賃借人の負担 玄関ドアのポストのキズによる取替え、和室 の障子・襖・畳の張替え、襖の桟の取替え、 リビングじゅうたん・洋間じゅうたんの張替 え、ベランダのサビ 判決要旨 (1)個人がその所有不動産を継続して賃貸することは「事業」にあたる。不動産業者ではなく、一つの部屋を貸す場合であっても、消費者契約法にいう「事業者」 に該当する。 (2)保証金解約引特約については、保証金 50 万円の内 40 万円については債務不履行がなくとも返還しないとするものであるから、民法の規定に比べて消費者の権利を制限し、同法 1 条 2項が定める信義則に反する。解約引率 8割が京都の慣習と認めるに足りる証拠はない。 (3)ベランダは本件物件の一部分であり、玄関ドアに付けられたポスト、浴槽、浴槽のフタ、 排水口のチェーン、襖の桟、クッションフロア及びじゅうたんの修繕費用、購入費用につ いてはその経過年数を考慮すべきである。4年10か月の入居期間を考慮すると、修繕費用等 については見積額の1割を負担させるのが相当である。 (4)賃借人の善管注意義務違反として自然損耗以外のものについてだけ保証金から差引くことを認め、保証金解約引特約の効力は否定した。
事例-30 通常損耗補修特約は合意されたとはいえ ず、仮に通常損耗補修特約がなされていた としても、消費者契約法10条に該当して無 効とされた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 21.1.16 争点 壁・天井の張替え、カーペットの取替え、障 子・襖・網戸の張替え、畳の表替え、ルーム クリーニング 賃借人の負担 判決要旨 (1)最高裁判所平成 17 年 12 月 16 日判決(事例 24 参照)を引いた上で、 (2)原状回復についての賃貸借契約は、居宅に変更等を施さずに使用した場合に生じる通常損耗及び経年変化分についてまで、賃借人に原状回復義務を求め特約を定めたものと認めることはできない。修繕についての本件賃貸借契約の借主負担修繕一覧表等によっても、賃借人において日常生活で生じた汚損及び破損や経年変化についての修繕費を負担することを契約条項によって具体的に認識することは困難である。原状回復に関する単価表もなく、畳等に係る費用負担を賃借人が明確に認識し、これを合意の内容としたことまでを認定することはできない。通常損耗補修特約が 合意されているということはできない。また、敷金とは別に礼金(月額賃料の2か月分)の 授受があるにもかかわらず、賃借人が本件居室を約8か月使用しただけで、その敷金全額を 失うこととなることについて、客観的・合理的理由はない。 (3)通常損耗補修特約は民法の任意規定に よる場合に比し、賃借人の義務を加重している。本件のは賃借人 に必要な情報が与えられず、自己に不利であることが認識されないままなされたものであり、賃貸期間が約8か月で特段の債務不履行がない賃借人に一方的に酷な結果となっており、信義則に反し賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法10条に該当し、 無効である。 (4)以上から、賃借人の請求を認めた。
事例-31 賃借人が負担すべき特別損耗の修繕費用 につき、減価分を考慮して算定した事例 裁判所 神戸地方裁判所尼崎支部判決 平 21.1.21 争点 クロス張替え、床の削れ補修 賃借人の負担 クロスの全面張替え(減価割合 90%)、床の削れ補修 判決要旨 (1)賃借人は、通常損耗について原状回復義務を負うとの特約がない限り、特別損耗についてのみ原状回復義務を負うと解するのが相当である。 (2)賃借人が賃貸借契約終了時に特別損耗を除去するための補修を行った結果、補修方法が同一であるため通常損耗をも回復することとなる場合、当該補修は、本来賃貸人において負担すべき通常損耗に対する補修をも含む。、賃借人は、特別損耗に対する補修金額として、補修金額全体から当該補修によって回復した通常損耗による減価分を控除した残額のみ負担すると解すべきである。 (3)本件クロスの変色は喫煙によるタバコのヤニが付着したことが主たる原因であり、洗浄によっては除去できない特別損耗である。本件変色の補修はクロスの全面張替えに よるしかないが、賃借人は補修金額としてクロスの張替え費用から本件クロスの通常損耗による減価分(減価割合 90%)を控除した残額を負担することとなる。(4)床の削れが特別損耗であることは争いがなく、その補修方法はタッチアップによる方法が相当である。この補修では、賃借人による毀損部分のみの補修となるため、 賃借人がその全額を負担すべきである。 (5)本件賃貸借契約上、住宅内での喫煙は禁止されていないから、賃借人夫婦が本件住宅 内で喫煙したこと自体は善管注意義務違反とはならない。タバコのヤニの付着については管理について善管注意義務違反が認められる余地があるものの、これによって賃貸人に生じる損害は、上記の賃借人が負担すべき補修金額と同額であるというべきである。 (6)敷金残金25万3298円の返還を認めた。
事例-32 庭付き一戸建て住宅につき、草取り及び 松枯れについての善管注意義務違反があっ たとして、賃借人の費用負担を認めた事例 裁判所 東京簡易裁判所判決平 21.5.8】 争点 高木剪定作業、雑草・除草及び草刈り処分、 松枯れ 賃借人の負担 雑草・除草及び草刈り処分、松枯れ 判決要旨 (1)庭付き一戸建て物件の賃貸借契約は、庭及びその植栽等も建物と一体として賃貸借の目的物に含まれると解するのが当事者の合理的意思に合致する。賃借人は本件賃貸物件の敷地・庭の植栽についても、信義則上、一定の善管注意義務を負う。(2)庭の植栽の剪定をしなかったことについては、敷植栽の管理方法についての具体的な合意・約定がない。仲介業者から基本的には植栽は刈らないようにとの説明を受けていた。植栽の剪定・養生にはこれに関する一定の知識経験が必要。賃借人らに知識経験はほとんどなかったこと等に照らせば、剪定をしなかったことを善管注意義務違反とみることはできない。 (3)草取りの状況については、入居前と退去後の庭の草の状況を比較すると、退去後は明らかに草が生い茂っている状態である。一般的な庭の管理として行われる定期的な草取りが適切に行われていなかったものと推認され善管注意義務違反とみるのが相当である。 (4)松枯れについては、松枯れの原因は不明であるが、松の変化の状態に気付き、これを賃貸人に知らせて対応策を講じる機会を与えるべき義務があったと解するのが相当であり、 これを怠った賃借人らには善管注意義務違反があったと認めるのが相当である。 (5)本件賃貸物件が近隣の賃料相場に比べて安い物件であることも併せ考慮し、賃借人は 6 万円を庭の修復費用の一部として負担するのが相当であるとした。
事例-33 賃借人がハウスクリーニング代を負担するとの特約を有効と認めた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 21.5.21 争点 クロス・襖の張替え(タバコのヤニによる損 耗)、畳の張替え、建具ダイノックシートの張 替え、シャッターの調整、木部の塗装、ハウ スクリーニング 賃借人の負担 障子・クロス(一部)の張替え、建具ダイノッ クシート張替え、ハウスクリーニング 判決要旨 (1)最高裁判所平成 17 年 12 月 16 日判決(事例 24 参照)を引いた上で、 (2)ハウスクリーニング費用を賃借人の負担とする本件特約は、本件賃貸借契約の更新の際に作成された契約書に明記されており、その内容も、賃借人が建物を明け渡すときは、専門業者のハウスクリーニング代を負担する旨が一義的に明らかといえる。したがって、ハウスクリーニング代は、賃借人が負担すべきである。 (3)本件特約以外に原状回復義務についての特約は存在しないから、賃借人は、故意・過失によると認められる通常損耗を超える損耗についてのみ補修の義務 を負う。 (4)和室壁面のタバコのヤニによる汚損でクリーニング等によっても除去できない程度に至っている和室壁面、大きく破れている箇所が認められる和室の障子、トイレの扉やや下方の 汚れ及び、和室の畳の内2枚の黄ばみと黒いシミと茶色のシミは、通常損耗を超えたものと認められる。他の内装工事費は、敷金に充当されるべきものとは認められない。 (5)本件における通常損耗を超えた損耗の補修は、通常損耗の補修と同時に行い得るものである。賃借人の明け渡し時以後、その補修期間に相当する賃料相当損害金を敷金に充当すべき法的根拠はない。(6)以上から、敷金のうちクリーニング代6万3000円と内装工事費8万430円を差し引いた12万 6570円の支払いを賃貸人Yに対して命じた。
事例-34 契約終了時に賃借人自ら補修工事を実施しない時は契約締結時の状態から通常損耗 を差引いた状態まで補修すべき費用相当額を賃貸人に賠償すれば足りるとされた事例 裁判所 大阪高等裁判所判決平 21.6.12 争点 詳細不明 賃借人の負担 判決要旨 (1)クロスのように経年劣化が比較的早く進む内部部材については、特別損耗の修復のためその張替えを行うと、通常損耗部分の修復費について賃貸人が利得することになり相当ではないから、経年劣化を考慮して、賃借人が負担すべき原状回復費の範囲を制限するのが相当である。 (2)賃借人は特別損耗分のみを補修すれば足りるものであるが、施工技術上、賃貸借契約締結時の状態から通常損耗分を差し引いた状態までの補修にとどめることが現実的には困難ないし不可能であるため、通常損耗分を含めた原状回復まで 行っているものである。したがってこのような補修工事を行った賃借人としては、工事後、 有益費償還請求権を根拠に賃貸人に通常損耗に相当する補修金額を請 求できるものと解されるから、契約終了時に賃借人自ら補修工事を実施しない時は、契約締結時の状態から通常損耗分を差し引いた状態まで補修すべき費用相当額を賃貸人に賠償すれば足りると解するのが相当であり、「原状回復を巡るトラブルとガイドライン(改訂版)」の見解は上記と同旨の見解に立脚するものである。 (3)賃貸人はこのような経年劣化考慮説によると減価割合について依拠すべき基準がなく場当たり的な判断になると主張するが、減価償却資産の耐用年数等に関する省令によるとクロスの耐用年数は6年であり、賃借人は7年10か月間本件住宅に居住していたのであるからガイドラインに照らせば通常損耗による減価割合は90%と認めるのが相当である。 (4)敷金返還請求権は、相殺のように当事者の意思表示を必要とすることなく賃貸借終了明け渡し時において、延滞賃料等の賃借人の債務と当然に差引計算がされて残額について発生されるので、賃貸人は賃貸借終了明け渡し日の翌日から敷金返還債務の遅滞に陥るというべきであるので、本件附帯請求の起算日は、明け渡し日の翌日である。 (5)以上から、原判決は相当であるとして本件控訴を棄却した。
事例-35 賃貸借契約終了時に敷金から控除された 原状回復費用について賃借人の返還請求が 一部認められた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 21.7.22 争点 畳・ビニールクロス・網戸の張替え、框戸の 取替え、天井シーリングプレート取付け、洗 面化粧台ボール取替え、UBフタ取付け、ハ ウスクリーニング 賃借人の負担 フローリング(2 枚分)・ダン襖片面・ビニール クロス(半額)の張替え 判決要旨 (1)全証拠によっても、 (イ) 框戸の取替え 7万5000円、(エ) LD天井シーリングプレート取付け 5600円 (オ) 和室畳一畳張替え 1万4000円 、(キ) ハウスクリーニング 5万7800円 (ク) 網戸張替え 1万3000円 (ケ) 洗面化粧台ボール取替え 7万円 (コ) UBフタ取付け 9000円 および外廊下長尺シートの補修費用が「経年以外の部分で賃借人の責めに帰する汚損・破損」を補修するための費用であると認めるには足りない。 (2)(ア) フローリング補修張替え(6枚分) 15万円 、(カ)ビニールクロス張替え 4万円 についても原判決が認定した範囲を超えて賃借人が負担すべきことを認めるに足りない。 (3)以上から、原判決は相当であるとして本件控訴を棄却した
事例-36 清掃費用負担特約並びに鍵交換費用負担特約について消費者契約法に違反しないとされた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 21.9.18 争点 専門業者によるハウスクリーニング、鍵交換 費用 賃借人の負担 同上(賃貸人請求とおり) 判決要旨 (1)清掃費用負担特約は、合意されていないとして2万6250円の敷金の返還を認める。 (2)鍵交換費用負担特約については、成立するとして請求を棄却した。 賃貸人Yが控訴し、これに対して裁判所は、 (1)清掃費用負担特約については、契約書等には賃借人が契約終了時にハウスクリーニング費用2万5000円(消費税別)を賃貸人に支払う旨の記載がいずれにも存在すること、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書には費用負担の一般原則の説明の後に、「例外としての特約に ついて」と題して、ハウスクリーニング費用として2万5000円(消費税別)を賃借人が支払うことが説明されている、また、仲介業者が口頭で説明したことは認められること等からすれば、料金2万5000円(消費税別)程度の専門業者による清掃を行うことが明らかである。消費者契約法10条違反であるとはいえない。 「清掃費用は賃貸人が本来負担するものであるが、賃借人に負担をお願いするために特約として記載している」と説明したことが認められることから、消費者契約法 4 条 2 項違反の行為もない。(2)鍵交換費用負担特約については、宣伝用チラシ、重要事項説明書に記載されていること、 契約締結時に仲介業者が口頭で説明していること、賃借人は鍵交換費用を含めて契約金を支払っていることからすれば鍵交換費用を負担する旨の特約が明確に合意されているものということができ、要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠もない。 鍵交換費用の金額も1万2600円であって相応の範囲のものであることからすれば、賃借人にとって一方的に不利益なものであるということはできないから当該特約は消費者契 約法10条違反ではない。(3)賃借人の請求を棄却した。
事例-37 更新料特約は消費者契約法 10 条並びに 民法第1条2項に違反せず有効であるとし た上で通常損耗の範囲について判断した事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 21.11.13 争点 洗面所給湯室扉クロス張替え、トイレ壁クロ ス張替え、和室障子張替え、LD網戸張替え・ カーペット取替え・照明引掛シーリング取付 け、ハウスクリーニング、家賃滞納分 賃借人の負担 洗面所給湯室扉クロス張替え、トイレ壁クロ ス張替え、和室障子張替え、LD網戸張替え・ 照明引掛シーリング取付け、家賃滞納分 判決要旨 (1)無催告解除については、有効に解除されたというべきである。 (2)更新料特約は消費者契約法10条の「民法1条2項に規定する基本原則(信義則)」に反して諸消費者である賃借人の利益を法的に害するとまではいえず有効である。 (3)賃借人が負担すべき原状回復費用については、事例24、最高裁平成17年12月16日判決、(カーペットクリーニング)及び(ハウスクリーニング)の費用はこれらが通常損耗以上の損耗に対する原状回復費用であると認めるに足りる証拠がなく、かつ賃貸人と賃借人の間では通常損耗補償特約が明確に合意されていることが認められるに足りる証拠もない から、これらの費用は貸主が負担すべ きである。 したがって賃借人が負担すべき原状回復費用は1万6299円にとどまる。 (4)未払賃料等に原状回復費用として1万6299円を加えた金額に対して敷金返還債権 66万4000円をもって相殺した金額についての請求を認めた。
事例-38 賃借人が敷引特約を認識していても特約の合意が否定された事例 裁判所 福岡簡易裁判所判決平 22.1.29 争点 クロス張替え 賃借人の負担 クロス張替え 判決要旨 (1)本件敷引特約について、 通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に明記されていない、また、賃貸人である被告及び本件建物を訴外不動産会社がこれらの点を口頭により説明し、賃借人である原告がその旨を認識し、その旨の特約が明確に合意されていることを認めるに足りる証拠はない として、特約の成立を否定した。 (2)本件賃貸借契約書及び重要事項説明書には、賃借人が署名押印した賃借人は本件敷引特約を認識していたが、本件敷引特約を通常損耗による修繕費に充てることを目的としていると解する以上、同特約の合意の成立のためには、その内容を十分認識し、納得する必要があったと言うべきであると指摘している。 (3)賃借人の故意・過失に基づく損耗の修繕費の請求については、 賃借人が自認している 1540 円以外は故意・過失による特別損耗 と認めることはできないとした。
事例-39 通常の使用によって生じた損耗とは言え ないとして未払使用料等含めて保証金の返還金額はないとされた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 22.2.2 争点 未納賃料及び共益費、特別損耗修繕費用 賃借人の負担 未納賃料及び共益費、洋室出入口フローリン グ張替え、襖張替え(3 枚)、台所洗面器具取り 外し及び排水溝菊割ゴム紛失、和室クーラー キャップ取替え、和室及び玄関のシール剥が し、窓枠・壁・外壁に取付けられたフック取外し、トイレ配管、バルコニー間仕切り固定 家具交換、鍵(エレベータートランクを含む) 紛失 判決要旨 (1)賃借人はいずれも11年の入居期間で社会通念上通常の使用により発生した相応の損耗であるから賠償責任は発生しないと主張するが、証拠に照らせばいずれも通常の使用によって生じたもの とは言えないから賃借人主張は採用できない。(2)賃借人は賃料 13 万円及び共益費 9500 円を払っておらず、未納使用料、共益費及び賠償 金合計額は 43 万 4520 円で、賃借人Xの交付した保証金 31 万 4400 円を超過しているので 賃貸人Yが賃借人Xに対して還付すべき保証金はないことになる。 (3)賃借人の控訴を棄却した。
事例-40 敷引契約について消費者契約法 10 条に 違反しないとされた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 22.2.22 争点 リビングの柱の傷、窓の下のクロスの剥がれ、 寝室のクロスの張替え 賃借人の負担 同上(賃貸人請求とおり)、クロス張替え(経年劣化を考慮した 22.5%の請求) 判決要旨 (1)本件敷引契約は、賃借人の債務不履行の有無を問わず敷金から一定額が差引かれることを認めるもので①敷引契約の内容については重要事項説明書、賃貸紛争防止条例に基づく説明書等に明記されており、契約終了時に敷金1か月分が当然差引かれ ることは消費者である賃借人において容易に理解できた、②契約締結時の事情等からすれば賃貸人が賃借人に対して一般的に有利な立場にあったとは言えず、賃貸条件の情報も容易に検索し、比較検討できる状況にあったものと 認められ、本件契約の条件と他の賃貸物件の契約状況を比較し、本件敷引特約を含む本件契約を締結すべきか否かを十分に検討できたはずである、③敷引料は賃料の1か月分の13 万3000円であり、再契約をすれば1か月あたりの負担額は低額になり、本件では使用期間に 対してやや重い負担となったがそれは賃借人が中途解約したためを考慮すると 本件敷引契約をもって直ちに賃借人の利益を信義則に反する程度まで侵害したと見ること はできないから、消費者契約法10条に違反するという賃借人の主張には理由がない。 (2)特別損耗分についてはいずれも自然損耗・経年劣化に属するものとは言い難く、それらは賃借人の過失によって生じたものと推認でき、居室全体の クロス張替えが必要となることは容易に想定されるところであり、賃貸人は本件壁クロス全体の自然損耗・経年劣化分として約 77.5%としており、この算定が不合理と認める証 拠はないから賃借人が負担する原状回復費用は 3 万 4815 円であると認められる。 (3)以上から、賃借人Xの請求は理由がないとし、これを棄却した。
事例-41 違約金支払い条項が消費者契約法 10 条 に違反するとされた事例 裁判所 東京地方裁判所判決平 22.6.11 争点 床板塗装、クロスの張替え、ルームクリーニ ング、その他原状回復及び諸経費、鍵の紛失 による交換費用、返却までの損害費用、出動 費用、違約金 賃借人の負担 鍵の紛失による交換費用、建物の故障・修理についての出動費用 判決要旨 (甲事件) (1)本件建物について通常損耗を超える損耗があるかについては、①居住期間は僅か8か月程度である、②居住していたのは賃借人及びその婚約者の大人2名で両名とも平日昼間は建物にいない、③賃借人が殊更居住内を汚損するような態度で本件建物に居住したことを窺うべき事情はない、④平成21年7月23日時点の写真、平成20年12月1日時点の本件建物内の写真を見ても居室内が汚損されているとも思われないこと、これらの事情を総合すると、本件建物について通常損耗を超える損耗があったとは認められない。賃借人に原状回復義務があるとは言えない)。 本件建物について原状回復工事は必要ではないが、少なくともルームクリーニン グは賃借人の自認することであるから賃借人は依頼した工事業者が工事を終了した平 成20年12月4日に本件建物を明け渡したというべきであるので、賃借人Xは賃貸人Yに対し 賃貸借終了後上記明け渡しを完了した日までの日割り賃料(9万9716円)は敷金から控除して残額60万5284円を賃貸人に対して請求することができる。 (2)賃借人の実施した補修工事は賃借人の義務として原状回復が必要でないこととおりであり、賃貸人の意思に反していないことから、賃借人は事務管理として その費用の償還を請求できる。 (3)違約金支払条項は、消費者である賃借人の利益を一方的に害するというべきである から、消費者契約法10条に違反すると解するのが相当。違約金の支払いは無効の約定に基づいて法律上の原因がなく支払われたものであるからその返還を求めることができる。 (4)以上から、賃借人は賃貸人に対して、①敷金60万5284円の返還、②事務管理による費 用償還請求として31万5000円、③違約金支払条項が消費者契約法10条に違反することから 不当利得返還請求に基づいて違約金相当額30万4500円、合計122万4784円と遅延損害金の請 求ができるとした。 (乙事件) (1)賃借人は鍵を1本紛失している以上契約の条項に従い鍵本体の交換費用(2万1000円(消 費税込))を負担するところ、費用を負担する以上は鍵は無用のものであるが、契約上鍵の 返還条項が存在し、賃借人がその返還を拒絶する理由もないことから賃貸人の鍵の返還請求及び鍵の交換費用の双方を認めるのが相当である。 (2)賃貸人が鍵の受領を拒否していることは明らかであり、賃貸人は賃借人に鍵を返却 していないからといって本件建物の明け渡しが完了していないとは言えないから、鍵の返 還までの損害金の支払を求める請求は失当である。 (3)出動費用については賃借人の都合により賃貸人代表者が出動した以上日当が生じることが消費者の利益を一方的に害するとまでは言えず、これは公序良俗 に反するともいえないから 4 日分の出動費用(2 万 1000 円(消費税込))を賃貸人は請求できる。 (4)以上から、賃貸人は賃借人に対して①出動費用 2 万 1000 円(消費税込)、②鍵の引渡 し、③玄関の鍵本体の交換費用(2 万 1000 円(消費税込))の支払いを請求することがで きるとした。
事例-42 通常損耗についての原状回復費用を保証金から定額で控除する方法で賃借人に負担 させる特約が有効とされた事例 裁判所 最高裁判所第1小法廷判決平 23.3.24 争点 ー 賃借人の負担 ー 判決要旨 (1)賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているもので、 通常損耗等についての原状回復義務を負わず、その補修費用の負担義務も負わない。そうすると賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重する。 (2)賃貸借契約に敷引特約が付され、賃貸人が取得することになる敷引金の額 について契約書に明示されている場合には、賃借人は賃料の額に加え、敷引金の額について も明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明確に合意されている。通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているの が通常だとしても、これに充てるべき金員として授受する旨の合意が成立している場合には、 その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみる のが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということは できない。 消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は、通常、自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額について十分な情報を有していない上、敷引特約を排除することも困難であることからすると、敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には、賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び 量並びに交渉力の格差を背景に賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみ るべき場合が多いといえる。 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付さ れた敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害す るものであって、消費者契約法 10 条により無効となると解するのが相当である。 (3)本件特約は、契約締結から明け渡しまでの経過年数に応じて 18 万ないし 34 万円を本件保証金から控除するというものであって、本件敷引金の額が契約の経過年数や本件建物の場所、 専有面積等に照らし、本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。賃借人は、本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払い義務を負う他には礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。そうすると、本件 敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、本件特約が消費者契約法 10 条により 無効であるということはできない。
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