特優賃住宅における通常損耗に係る原状回復特約
最高裁判決 平成17年12月16日
《要旨》
特定優良賃貸住宅の通常損耗に係る原状回復義務について賃借人が負う旨の特約は成立していないとされた事例
《事案の概要》
賃借人は、平成10年2月、地方住宅供給公社Yが一括借上げしている特定優良賃貸住宅を、賃料11万円、敷金35万円で契約した。
賃貸人は、本件契約に先立つ入居説明会において、賃貸借契約書、補修費用の負担基準等について記載された「住まいのしおり」を配布し、約1時間半、契約書の条項についての説明を行ったほか、退去時の補修費用について、「住宅修繕費負担区分表」に基づいて負担することになる旨の説明を行ったが、負担区分表の個々の項目の説明は行わなかった。
本件契約書は、明渡し時には、賃借人の所有するすべての物件を撤去してこれを原状に復するものとし、補修費用を負担しなければならない旨を定めている。負担区分表は、襖紙・床・天井等について、「生活することによる変色・汚損・破損」は、いずれも退去者が補修費用を負担するものとしている。
原審(大阪高裁平成16年5月27日)は、本件補修約定は、通常損耗に係る補修費用の賃借人負担定めたものであり、これは特優賃法等の趣旨に反して無効とまではいえず、賃借人が負担すべき補修箇所及び費用は相当であるとした。
《判決の要旨》
(ア)建物の賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるには、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である。
(イ)本件契約の条項自体には、その内容が具体的に明記されておらず、引用されている負担区分表の補修を要する状況に係る「基準になる状況」欄の文言自体からも、一義的に明白であるとはいえない。また、入居説明会でも、負担区分表の個々の項目について通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかったことから、賃借人は本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものということはできず、通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできない。
特優賃住宅における原状回復特約
大阪高裁判決 平成15年11月21日
《要旨》
特優賃住宅の賃貸借契約における原状回復特約が否認された事例
《事案の概要》
賃借人は、平成7年8月、A県住宅供給公社と特優賃法及び公庫法の適用を受けるマンション一室の賃貸借契約を締結し、入居した。賃借人が、平成9年1月、本件賃貸借契約の終了により、本件住宅を明渡したところ、A県住宅供給公社は、敷金36万円余から、クロス貼替・玄関鍵取替等の住宅復旧費として、21万円余を控除し、残額を返還した。
これに対し賃借人は、本件賃貸借契約には通常損耗分を賃借人負担とする趣旨の文言はなく、本件特約による新たな義務を負担する認識はなかったというべきであるから、本件特約にかかる合意は存在せず、本件特約は、公序良俗に反するものとして私法上の効力を否定すべきである等と主張し、控除された金員の返還を求めて提訴した。一審裁判所は賃借人の請求を棄却したため、賃借人はこれを不服として控訴した。
《判決の要旨》
(ア)本件賃貸借契約17条1項は、賃借人の責に帰することのできない損耗を賃貸人の負担とする趣旨と解されるが、通常損耗は、賃借人の責めに帰すことができない損耗に該当する。他方、「修繕費負担区分表」及び「住まいのしおり」の記載は、いずれも当該部分にかかる通常損耗分を賃借人負担とする趣旨と解するほかなく、その限度で本賃貸借契約本文と齟齬するといわざるを得ない。
(イ)一般に賃貸借契約終了時における通常損耗による原状回復費用の負担については、特約がない限り、これを賃料とは別に賃借人に負担させることはできず、賃貸人が負担すべきものと解するのが相当である。
(ウ)本件特約の成立は、賃借人がその趣旨を十分に理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したことが積極的に認定されない限り、安易にこれを認めるべきではない。形式的手続きの履践のみをもって、賃借人が本件特約の趣旨を理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したと認めることはできない。よって、以上の通り、本件特約の成立は認められない。
原状回復特約は消費者契約法10条により無効
大阪高裁判決 平成16年12月17日
《要旨》
賃借人に自然損耗等の原状回復義務を負担させる特約は消費者契約法10条により無効であるとされた事例
《事案の概要》
賃借人は、平成10年7月、貸主との間で、建物の一室を月額5万5千円、1年契約で賃借し、敷金20万円を預託した。本件賃貸借契約には、自然損耗及び通常の使用による損耗について賃借人に原状回復義務を負担させる特約があり、また、「原状回復費用は家賃に含まないものとする。」と定められていた。
本件賃貸借契約は平成14年6月9日終了し、賃借人は、本件建物を貸主に明け渡した。貸主は、本件建物の原状回復費用として20万円を要したとして敷金全額の返還を拒否した。
そこで賃借人は、本件原状回復特約は無効であるなどとして訴訟に及んだ。
《判決の要旨》
(ア)消費者契約法の施行後である平成13年7月7日に締結された本件更新合意によって、改めて本件建物の賃貸借契約が成立し、賃借人及び賃貸人は、同法を前提にして賃貸借契約をするか否かを含め、その内容をどうするか等を判断し得たのであるから、更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。
(イ)民法は目的物返還時に原状回復義務を負わないと規定しており、判例も同旨である。本件原状回復特約は、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重している。さらに、本件原状回復特約は賃借人の二重負担の問題が生じ、また賃貸人が一方的に必要性を認めることができるなど、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。自然損耗についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、一方的に不利益であり、信義則にも反する。また、民法の任意規定の適用による場合に比して、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法10条に該当し、無効である。
小規模事務所の賃貸借における原状回復費用
東京簡裁 平成17年8月26日
《要旨》
マンションの1室を事務所として借り受けた賃借人が敷金の返還を求めた事案において、実態において居住用の賃貸借と変わらないとして、敷金返還を認めた事例
《事案の概要》
賃借人は、事務所用として面積34.64平方メートル のマンションの1室を期間2年で借り受け、敷金25万円余を支払った。4回の更新を重ね、平成16年11月、賃借人は賃貸人に賃貸借契約の解除を通知し、建物を引き渡した後、賃貸人に対して敷金全額の返還を求めたが、賃貸人が返還に応じないことから
これに対して賃貸人は、本件賃貸借契約は、対象物件を事務所用として賃貸したものであるから、居住用賃貸借契約とは異なり、本件賃貸借契約書の「造作その他を賃借人負担において契約締結時の原状に回復させる」という条項はそのまま適用されるべきであり、本件における原状回復費用は40万円余であるから、これを敷金に充当すると、賃借人に返還すべき敷金は存在しないと主張した。
《判決の要旨》
賃貸人が主張する東京高裁平成12年12月27日判決は、賃借人の保護を必要とする民間居住用賃貸住宅とは異なり、市場性原理と経済合理性の支配するオフィスビルの賃貸借では、賃借人の建物の使用方法によっても異なり得る原状回復費用を、あらかじめ賃料に含めて徴収する方法をとらずに賃借人が退去する際に賃借人に負担させる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性があると説明する。
東京地裁の賃貸物件は保証金1200万円という典型的なオフィスビルで新築物件である。本件物件は、居住用の小規模マンションであり、築年数も20年弱の中古物件である。また、本件賃貸借契約はその実態において居住用の賃貸借契約と変わらず、これをオフィスビルの賃貸借契約と見ることは相当ではない。したがって、オフィスビルの賃貸借契約を前提にした特約をそのまま適用することは相当でないというべきであり、本件賃貸借契約はそれを居住用マンションの賃貸借契約と捉えて、原状回復費用は、いわゆるガイドラインにそって算定し、敷金はその算定された金額と相殺されるべきである。
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